落ち着く場所
落車から約1ヶ月。
鎖骨は時々痛みを感じますが、肩の可動域もほぼ元通りになってきて、順調に回復している感じです。
肋骨の痛みもようやく、普通の動作では感じなくなり、深かった肘の傷もあと少しで絆創膏が外せそうです。
国内では重要で貴重なステージレース2連戦をパスすることになり、こんなに家にいる時間が長い5月は久々でした。
突如としてそれだけの時間ができたのなら、その時間を有効利用したい。
かと言ってトレーニング時間や量を増やすことはまだできなかったので、こんな機会でも無いとできないと思い、思い立った2日後には車で故郷を目指しました。

ハイオクを元気よく食べる愛車なので、それ以外にかかる費用は削れるところは削りたい。
1000km近く走ることになる高速道路は深夜割引を適用させるため、深夜帯を走る為に夜出発。
広島を出たのが23時頃だったかな。
夜の高速ドライブは好きだし、愛車のシートは信頼のレカロ。
特に苦労も無く坦々としたペースで走り続けることができた。
流石に眠くなってきた頃、だいたい中間地点にあたる刈谷PAに到着。
夜明けまでの少しの時間仮眠をとることにした。
夜明けとともに給油を済ませて出発。
この日の目的地は横浜だ。
この時祖母が難病の治療の為に入院しており、少しでも元気づけようとサプライズお見舞いに行くことにしていた。
母と休暇中の慶と合流し、祖母のお見舞いを終え、ここから栃木を目指す。

久々のずんだシェイクは美味しかった。
車では久々に帰ってきた栃木県。鹿沼市。
久々とはいえ半年も経っていないから、道はちゃんと覚えていた。
急に来ると決めたので、準備もほとんど無く。
ただ唯一、増田塾長へは珍しく僕から事前にラブコールをしていて、滞在する2日間を一緒に走ってもらえることになっていました。
大げさかもしれないが、人生の帰路に立った時や、迷いや悩みがあった時はいつも一緒に走っていた増田さんに相談していた。
今回も色々話したい事もあったし、一緒に走れば調子も上向くと思ったので、お願いしました。
久々に走る鹿沼の道。
広島と比べて道が綺麗で振動が少ないので、リハビリライドにはちょうど良い環境なんです。

今回弾丸ツアーで来た目的の半分以上はこのためでしたね。
増田塾長はいつも変わらず、僕がいま欲しい言葉をくれるんです。
そしてこの日は選手になって以来10年近くずっと身体を診てもらっていた先生に身体の状態をチェックして頂きました。
骨折の影響は大きいが、良い方向へ改善できるチャンスであるということも知ることができ、安心できました。

翌日は篤志と慶も加わり、賑やかなリハビリライドになりました。
いろは坂では、慶にだけは負けたくなかったので、ちゃんと慶より早く上れて良かったです←
しかしまだ落ちた心肺機能は戻らず、強度を上げると心臓バクバク…って感じで辛いですね。
覚えていても思い通りに動かない感じがもどかしいです。
この日の夜には帰ることにしていたので、都合がついた友人の元を久々に訪ねてから帰ることにした。
友人宅へ手土産を買っていこうと立ち寄ったのはクイーン洋菓子店様。
ちょうど大濱社長ともお会いすることができました♪

最近ロールケーキ欲があったので、大濱ロールを購入させて頂きました♪
すると大濱社長が美味しいケイクを持たせてくださいました!!


これが美味い!
見た目も味もとってもオシャレ!
シュトーレンのように少しずつ切りながら日が経つごとに変化する味を楽しませて頂きました♪
この2種類の他にも全7種類あるので食べてみたいですね〜
いつもありがとうございます!
友人の新居にお邪魔して世間話をし、近くの幸楽へ行ってラーメンと餃子で〆!
はじめて幸楽のラーメンを頂きましたが、コスパ最強すぎますね!
そして餃子!
やっぱり宇都宮餃子ですわ。
お腹も満たされたところで広島へ向けて出発。

ただ同じ道を帰るのではつまらないので、首都高経由で帰ることに。
滅多に来れなくなってしまった大黒。
広島ナンバーになった愛車で来るとすごいアウェイ感がありました…
再び刈谷でストップして朝まで仮眠。
車内に蚊が入り込み大変でした…

お昼には広島に着きました。
そりゃ疲れはしますけど、それ以上に行ってよかったと思える弾丸帰省でした。
往復合計2000km弱。こうしてみると意外と1人でもいけるもんです。
やっぱり車のシートって大切だなと実感しました。
まだ広島のボコボコの路面を走ると肩が痛むので、上手くミノウラのスマートトレーナーを活用してトレーニングを継続しています。
日に日に感触を取り戻している感じはありますね。
今日は広島ドラゴンフライズのBリーグファイナルの試合を中継で観戦。
広島に来てから2試合ほどドラフラの試合を生観戦させていただき、すっかりハマっている僕です。

こうして応援しているチームが活躍する姿をみるとアツくなりますね!
素晴らしい試合でした。
おめでとうございます!!
勝ちじゃけぇ!!
地元チームの活躍に刺激を受け、僕も頑張ります。
先ずは全日本選手権でのレース復帰を目指します。
またレース会場でお会いしましょう。
それではまた。
これがなければ
鎖骨骨折の手術から1週間と少しが経ちました。
鎖骨の痛みはたまに鈍痛があるくらいで、肩の可動域も少しずつ元通りになってきているところです。
なのですが、同時に折ってしまった肋骨の痛みは健在です。
肩の可動域が広がり、色々できるようになってくると、より肋骨に響く動きが増えてきたわけで…
結局はこれが治らないと色々不自由が伴うことになりそうです。
プロデビューからほぼ毎年出場していたツールド熊野を欠場し、それを横目に少しずつトレーニングを初めている段階です。
興味があるわけではないので中継とかは見ないのですが、やっぱり空白感があるのは寂しい感じもします。
怪我をしてから今日に至るまで、沢山の方に励ましの言葉を頂いております。
骨折の先輩?である元チームメイトの堀さんからは愛媛からカルシウム分多めのお見舞いを送って頂きましたし、宇都宮のクイーン洋菓子店様からも僕の大好きなクロワッサンラスク多めの詰め合わせを送って頂きました。

更に、父方の祖母からも遠く山形からお見舞いのメッセージと共に沢山のお手製料理を送ってくれました。

いつもは栃木県の実家に送ってくれていたので、山形から荷物が届くと実家に戻って一緒に食べていたのですが、今年は広島に来てしまってもう食べられないかな…と諦めていたのですごく嬉しかったですね。

特にこのおばあちゃん特製の孟宗汁。
この時期にいつも送ってくれていて、毎年の楽しみなのですが、今年も食べられて嬉しかった〜
上の写真、納豆以外は全て山形産!
毎日食べているお米も山形の祖母がいつも送ってくれているものです。
大好きな味を食べられて元気が出ました。
この他にも各方面でメッセージを頂いたり、地元の方からチームを通じてお見舞いをくださったり、お手紙をくださったり…
改めて沢山の方に励まされ、応援してもらえていることを実感しております。
まだ広島に来て間もない僕を地元ファンの皆様が応援してくれて、期待してくれていることがとても嬉しかったです。
入院手術から今日に至るまで、様々な人に協力していただいています。
そしてこれからも復帰に向けて沢山の人の助けを借りて進んで行くことになると思います。
日々の感謝を忘れずに、強く復帰できるよう今は頑張ります。
やってしまったと深く落ち込んだ今回の怪我も、これが無ければ得られなかったこと、気がつけなかったことが色々あったなと…
今ではそう考えることができます。
(入院手術費用で犠牲になった費用であれやこれができたな…とか考えると今でもかなり落ち込みますが…)
僕はまだ復帰まで時間を要します。
不在の期間は続きますが、引き続きチームへの応援をよろしくお願いいたします。
皆さんも安全第一で。
それではまた。
失態
ご心配おかけしております。
先日27日に播磨中央公園にて開催された西日本ロードクラシックDAY1の最終周の下りで落車をしてしまいました。
この落車に巻き込んでしまった選手の皆様、本当に申し訳ありませんでした。
バイクコントロールにはそれなりの自信があったはずなのですが、今回の転倒について自分でも原因が良く分かっておらず、悔しくて仕方がありません。
今回の落車で僕は全身の擦過傷と、右鎖骨と肋骨の骨折してしまいました。
デビューしてからは初めての骨折ということもあり、色々と不安があります…
兵庫県内の病院に搬送され、翌日には広島市内の病院に移って入院生活を送っています。
最短で次の水曜日に鎖骨の手術ができるそうなので、ひとまずそれを乗り越えれば動けるようにはなると思います。
今は色んなところが痛くて起き上がるのも精一杯。
咳やくしゃみをすれば激痛なので、できるだけしないようにと気を付けています…
折れたのが主要な骨で無かったのが唯一の救いでした。
早期復帰に向けて頑張ります。
チームには戦力になれず申し訳ないです。
せっかくベネズエラから新しいニューフェイスも加入して戦略の幅も広がると思っていた最中だったんですけどね。
よりにもよって国内ステージレース&全日本のシーズン前にこのようなことになってしまい、心底自分にガッカリしてます。
復帰時期等についてはまだ分からないですが、早くレースに戻れるよう努力します。
引き続き応援よろしくお願いいたします。
それではまた。
丹波にきています
早くも明日から西日本ロードクラシックなわけで。
群馬遠征から比べればかなり楽ですね…
丹波市といえば…

そう、パナレーサー様の本社工場がある場所ですね。
ここへ来るのは2度目。前回は確かロゴが変わる前でしたね。
プロデビューから今日までずっと、パナレーサー様のサポートチームで走っているので、パナレーサーのタイヤの進化と共に歩んできたといっても過言ではないでしょう。
今日はお時間を頂き、タイヤの製造工場の見学をさせて頂きました。
工場内は撮影禁止なのでここではお見せできませんが、タイヤの原料となるゴム材からタイヤになっていく過程を改めて見ることができ、終始興味深々でした。
そして今回は特別に、タイヤサイドのロゴマークの貼り付けを体験させて頂きました。
ここは特別に撮影許可がありましたので。

ロゴマーク自体は転写シートになっており、このように手作業で貼り付けが行われています。

タイヤサイドに貼り付けた後、スケールを加工したツールで押し当てて完成。
もう間もなく僕がマークを貼り付けたタイヤが出荷されることでしょう…(されません)
改めてタイヤ製造の一部始終を見学させて頂き、膨大なエネルギーと職人技によって作り上げられている物なのだと実感。
自転車を構成する部品の中で最も酷使されている部品なだけに、厳しい品質管理のもと、丁寧に作り上げられていました。
パナレーサーの皆様、ありがとうございました!
丹波といえば黒豆?

ということで、スーパーで見かけたので買ってみました。
他になにかオススメあったら教えてください。
明日は初めてのコースでショートレース。
慣れないコースで不安はありますが、みんなで頑張ってきます。
それではまた。
やっぱりキライ
日曜日の深夜、日が変わる頃に広島に戻って、月曜日は疲れてまともに動けませんでした…
昨日からボチボチ活動再開です。
さて、書けていなかった日曜日のレースについて少しだけ。
群サイ2日目。
この日は10周回60kmのショートレース。

©️Itaru Mitsui
昨日の25周から比べたら一瞬のレースだ。
当然短いレースほど最初からレーススピードは速い。
身体の異常を抱えながらの参戦となった今大会。
1日目の長いレースなら誤魔化しがある程度きいたが、短く速いレースとなるとそうもいかないようだった。
終始キツめの体感。

©️Itaru Mitsui
身体の異常のせいで短時間高強度のトレーニングを思うようにこなせていなかったのも影響しているように感じた。
このようなレースでチームで動かせる人員は少ない。
後手にまわらないことだけを警戒しながら、常に落車のリスクの少ない集団前方で走る。
レースはマトリックスが序盤の主導権を取りに行き、終盤になるとスピード勝負が得意なBSが前を固めてスプリント態勢を整える。

©️Itaru Mitsui
強力なチームが終始レースを動かしていたので逃げは決まらず。
このコースが得意なレオのアシストができるようにと近くを走ってはいたが、最終周の上りで遅れを取ってしまった。
正直あの時は自分が弱気になっていた気がする。
こんな風に遅れて勝負を降りたのは久々だったからとても後味が悪い。
ぐるぐる目が回るし、少しでも調子悪いとまともにレースできない。
観に来てくれる人にとってもアクセス悪いし。
やっぱりこのコースキライだ。
そんな僕にも、この2日間たくさんの応援をしてくださりありがとうございました!
そういえばレース中、僕の両親のいた辺りがヴィクトワール広島の応援ブースみたくなっていた気がしましたね。笑
人里離れた秘境の地に、オレンジ色の応援グッズがよく目立っていました!
嬉しい限りです♪
そしてビックリするくらい沢山の差し入れも頂きました!
おかげさまで、レース後直行で広島へ向かう車内も飽きることなく過ごすことができました。(流石に長すぎて疲れはしましたが)
以前僕のカヌレを作って下さったクイーン洋菓子店様にも焼き菓子の差し入れも頂きました♪

中でもこのクロワッサンラスクは大好物。
レース後に食べるのを楽しみにしてたんです♪
僕の好みを知ってか、アニメ作品等のコラボアイテム等もレースの度に持ってきてくださる方もいます。
どうやら僕には推し活代行サービスがあるようです?
これはほんの一部ですが、毎回色々と持ってきてくださりありがとうございます♪
今や遠征の密かな楽しみだったりします←
さて。今週はレース続き。
東日本に続き、今度は西日本。
初めて走るコースですが、どうやら狭くて危険なコースらしい。
これまでのレースで痛感したが、レベル差のある大人数の集団はかなり危険が潜んでいる。
なんとか無事にレースがしたいですね。
それではまた。
狂気の25LAP
もう二度とこんなところ走るもんか
4年前くらいにそう誓ったはずなんだが。
群サイ。
もはやその名は自転車界より自動車界の方がメジャーなのでは無いかと思うくらいだが、今年ここへ帰って来てしまった。
今回も前回の宇都宮遠征同様、弾丸スケジュール回避の為に選手間で自主的に前泊するプラン。
なんと今回宿泊地に選ばれたのは沼津でした!!
↑今回のブログ最大のテンションで
到着したのが夜だったので、さすがにそこから散策というわけにはいかず。
しかし沼津にいながら聖地巡礼せずに去るのはあまりにももったいない。
ということで、例のごとく遠征時に腹減りで目覚める僕は朝5時過ぎから活動を開始する。

まずホテルのロビーにコレがあるのが嬉しい。

コレはホテルラウンジの一角。
ダイヤさん推しなんかな?
僕?僕は曜ちゃんですね〜

時間内で歩いて行ける範囲だとこの辺かな〜と仲見世商店街かな〜
映画のワンシーンが懐かしいなぁ〜

いい。このマンホールすごくいい。



ちょうどこの周辺で同級生3人のマンホールイラストに出会えました。

街のいたるところにラブライブサンシャイン。そして曜ちゃん。

これだけ色褪せないアニメ聖地は珍しいんじゃあないですかね。
嬉しい限りです。
また時間を作ってのんびり訪れたいものです♪
さて。
話は戻り、今日のレースのことでも。
東日本ロードクラシック。
2日目開催で、初日の今日は一周6kmの群サイを25周回もする狂気の150km。
来る前から憂鬱になる周回数でした。
僕は群サイにレースに来ると、かなりの確率で拒絶反応を起こして頭痛に見舞われるのですが、今日はそこまででは無くて安心しました。
散々走ったコースだし、車関連の動画でしょっちゅう見ているコースだが、自転車で走るのは久々だったので、しっかり試走してスタートに備える。

©️Itaru Mitsui
久々の群サイで長丁場ともなると、走り方をすっかり忘れてしまった。
スタートしてから慣れるまでの間はなかなか辛かった。

©️Itaru Mitsui
リズムを掴んでからはそこそこ余裕を持って走れていたが、展開は後手に回ってしまったこともあり、状況は落ち着けなかった。
中盤から久保田くんや柴田さんに集団牽引のローテに加わってもらい、逃げとの差を詰め始める。

©️Itaru Mitsui
差は1分前後を推移したが、前も強力だったので上手く詰まらない。
幸い、終盤に差し掛かる頃に有力チームが逃げからドロップした事により、前を追う人数が増え、終盤に差し掛かる頃に集団は1つになる。

©️Itaru Mitsui
しかしそこからまた飛び出した数名が最終盤まで逃げ、最後は独走逃げ切りを決めた。

©️Itaru Mitsui
今回、レース前週からあまり感触が良くなかった僕は、中盤以降はレオを着順争いに加わらせるべく走ったが、あまり良い連携は取れなかった。
言語が違うと細かいニュアンスを伝えるのが難しい。
ほぼ自力で着順争いをしてもらい、レオが4着だった。

©️Itaru Mitsui
終始シンドイ感覚のまま僕の今日のレースは終わった。
チームメイトへの指示など、自分自身に残る課題は多い。
自分に余裕が無くて上手く周りを見れなかったのかもしれない。
難しい立場だ。
明日は10周のショートレース。
10周だとしても…ねぇ。
今日は沢山の方に応援に駆けつけて下さり、これまた沢山の差し入れを頂いてしまい、幸せな限りです♪
明日の帰り道に頂いた差し入れをつまむのが楽しみです!
こんな秘境まで脚を運んでくださりありがとうございました!
今の疲労感で明日のことは考えたくも無いのですが、できる限りを尽くして頑張ります!
引き続き応援よろしくお願いいたします。
それではまた。
やっぱり悔しい
今日は宇都宮・清原クリテリウム
昨日の極寒の雪混じりの天気とは打って変わって、今日は晴れ間も覗く暖かい天気。
今日のクリテリウムは1チーム6人出走。
©Itaru Mitsui
6人でもやりますとも。
今日のパレードは特殊で、いよいよ開通したライトラインと並走するというもの。
更にその列車は宇都宮ブリッツェンのラッピング仕様。
なんやそれ羨ましいな。

©Itaru Mitsui
一周のパレードを終え、リアルスタート。
アタック合戦が始まるが、今日は早い段階で逃げが決まらない雰囲気を感じた。
過去最多チーム数のレースということもあり、終始熾烈な位置取り争いが繰り広げられた。
チームメイトには先ずは常に自分の近くを走ることを意識するようにと前日のミーティングで話した。

©Itaru Mitsui
混戦の最中、綺麗に固まることはできなかった印象だが、前回のクリテリウムから比べるとレース中に近くにチームメイトを認識する時間は増えた気がする。
1番近くにいてくれたのは中村選手。
©Itaru Mitsui
位置取りを得意とする選手なので常に見える位置にいてくれるのは安心感がある。

©Itaru Mitsui
それでも、いい位置にいようとすると単騎になって脚を使う。
余裕を持って走れていた感触はあったが、こういったレースでは少しずつの消耗が明暗を分ける。

©Itaru Mitsui
最終局面、僕の近くには柴田選手と中村選手がいた。
上手く3人で固まれるシーンもあったが、僕が上手く指示を出すことができず、使いどころで脚を使ってもらうことができなかった。
最終ラップは中村選手1人。
とにかく最後に先頭でコーナーに突っ込め(それくらいの覚悟で)と伝えたが混戦の中、最終コーナーの1つ前のコーナーで、先頭より少し後ろの位置でアウト側のラインに行ってしまった。
そこで埋もれるのを嫌った僕はラインを切り替えて他チームの動きを追う形になってしまい、ここで脚を使ってしまった。
最終コーナーは前が見える位置で立ち上がれたが、そこから伸びる脚はもう無かった。

©Itaru Mitsui
ズブズブの7位。
自分の力の無さが悔しかった。
せっかく宇都宮に帰ってきてレースを走ったのに表彰台に乗ることが叶わなかった。
この2日、地元ファンの皆さんの前でいい走りができなかったのはとても悔しかったです。
それでも温かく声をかけてくれる方がたくさんいて、とても幸せでした。
今日は広島に帰らず実家に泊まるということもあり、レース後はゆっくり色々な人に挨拶ができたので久々に会って話ができた方が沢山いました。
長くお世話になった人と久々に会ってお話して、温かい場所だなぁ〜としみじみと思いました。
皆さんありがとうございました!
今回の滞在はほんの一瞬で、明後日の朝には発ちますが、また機会を見つけて故郷に戻ってきて色々巡りたいですね。
また次戦に向けて頑張ります。
それではまた。